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【Photos by Ebico (海老原博和)】


音楽を奏でるような、素晴らしい日々になりますように


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Photo by Satomi Ito


コンサート・サロン “Les ailes”(レ・ゼール)

2019年10月31日

お習字時代


親と話していて思い出してみれば

自分が子供時代から学生の初期にかけての

お習字として自分が書いたものは

自分で、ことごとく捨てていて(苦笑)


その他の音楽関係の資料は、相変わらず

溢れているのと非常に対照的に

見事なまでに、断捨離していましたあせあせ(飛び散る汗)


辛うじて残したのは2作だけです


区の展覧会に選ばれたかで、半紙に表装してもらったものだけ

残っています

(表装:イメージとしては、掛け軸みたいな感じですね

半紙の裏側に、綺麗な台紙を貼って整えてもらいます

京都とかでやってくれます)


当時は子供で雅号もないので、わざと漢字の当て字をして

その時の工夫していたようです


さすがに、何もかもを全部一気に捨ててしまうのも

長い期間習ってきた手前、どこか悪い気がして

メモリアルで残しておきました


親の立場で言えば、何でもそれだけ月謝がかかっていますから

少なくとも、子供が育つまでの時期にかかる

教育費を稼ぐのだって、必死な訳ですしねダッシュ(走り出すさま)


お金も労力もかけてやって来たことが

もし一つも形を成さないで、その後にも生かされないとしたら

せっかく力を注いできた物事も、無駄になってしまいますし


身に付いたことを生かすかどうかは

本人のやり様と言うか、生き方次第でもあります


何事も持続させて、展開させないといけません

このエネルギーが、相応にかかりますから

多くの場合は、そこまで到達しないで

最初から無駄として消滅してしまうのだと思います


価値を生み出せるかどうかは

自分次第ですからね



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思い切って精算してしまった当時の感触としては

その時に、学生の立場で取れる最高段位を取ったところで

学生のレベルでしかない訳です


特に、親が師範で教えている場面もありましたから

自宅に溢れる書は、お手本を書く時の練習だったり

出展するものだったり、お弟子さん方も大人で

有段者か師範を目指している方達なので

どこを見ても、大人の世界で満ちていました


それに比べて、子供の作品がどうかと言えば

同世代で賞を取ったと言えども、自覚していたのは

ただ「頑張りましたね」の範囲でしかありません


どんなに頑張ったとしても、そこは努力賞でしかなく

所詮子供の自分が、書いているものの優劣も

自分で見るからに分かります


周りは優しいですから、先生方も他の皆さんも

過分なまでに褒めて下さって、有難かったですが

有頂天になれるような要素は元から無く


書いたものに納得がいっていない

まずは自分で自分の価値を認められないので

潔く、捨てたのだと思います


自己満足に浸っていられたら

楽だったのかもしれませんけれど


その時分に、努力も能力も美学も足りないのは

静かに感じる部分はありましたね


書道は、涅槃寂静みたいな所に持って行けるので

修行僧みたいなその「行」が、どこか好きでしたね

あんまり子供っぽくないですけど(笑)

Satomi
posted by satomi at 00:00| Comment(0) | 日記
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