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【Photos by Ebico (海老原博和)】


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Photo by Satomi Ito


コンサート・サロン “Les ailes”(レ・ゼール)

2017年09月25日

徳の貯金と寿命


「徳を積む」と言うと

何だか、おじいちゃん・おばあちゃんの知恵袋のお話のようですが晴れ

徳と死について語ります



「人は、寿命が来たら亡くなると思うものだけど

“徳が切れた”時に、亡くなるんだよ」

という一節をお聞きして


それに近い出来事があったなと思い出しました


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(東大寺の如意輪観音菩薩坐像)


もうお陰様で、父は日常生活が出来る程度まで回復したので

今では、助かって感謝することしきりですが


父が以前に、倒れた事があって

その当時は、一緒に暮らしていましたので

様子を見て救急車にも同乗して、病院で処置してもらいました


到着した頃には、心肺停止しました

そのまま8時間ほどの緊急手術をして頂いて

約1ヶ月ほど集中治療室でお世話になり、しばらくは植物状態でいて

そこから蘇生して、数ヶ月かけてやがて元気に回復しました


最後は本人の体力が勝負だと言われました

でも、それだけではないように思うような

不思議な出来事も、色々とありました


常に救急車が到着するような救急の病院で

一晩に3〜5台(回)危篤の患者さんが運び込まれて来ました


父の手術をして下さった当時の執刀医は

「ここでは年間2000件の手術をしていて

その2年分の、4000件のケースの内でも

最も重篤な状態です」とお話されていました



まず、もうほとんど助かる見込みは無かった状態でしたが

元気に日常生活が送れるところまで回復したのは、非常に稀なケースで

後に学会の発表の協力を要請されていました



当時、10分間のみの面会が許させる集中治療室では

重篤な患者さんの順に、ベッドが並んでいました


大量の機械やチューブでつながれて

人工心肺、意識不明の状態の患者さんが並ぶのですから

常に緊急処置がしやすい事を考えての順番だと思います


毎日、お隣の患者さんが変わります

2日、良くて3日

ベッドの順番は、くるくると変わって行きます


回復が見込める方は、入り口付近の場所に次第に移って行って

チューブも外れて、自力で水分のお食事が召し上がれるようになれば

一般病棟に移されます


お姿が見えなくなった方は、先生方が看取って下さったのが

分かるような具合でした


「どんなに助けてあげたいと思っても

こればかりは、どうすることも出来ない」

執刀医は辛い心情も仰っていました


出来る限り完璧に手術をしたとしても

助からない命が、沢山あると

日々の苦悩を吐露するような瞬間もありました



しばらくして、元気になってからHさんという

私より上の方で、スピリチュアルなんとかをなさっている方が

興味深いお話をされていました

(不明瞭な説明ですみません・・・笑)


ごくたまに、Hさんが親しい方のご相談に乗っていらっしゃる時

誰にも明かしていない、個人情報がちょいちょい説明に出て来て

ええ?どこから聞いた情報ですか!?となるのですが


「後ろにいる方だよ」と、さらっと明るく言われるような

(つまり、目に見えないお方ですね)

一堂にわお!と驚く現象が度々あるような、いわば見える人のHさん



さてその、父の件に関して

「あー、それはね、“徳の貯金”が降りて来たんだよわーい(嬉しい顔)

と、明るく言われました


日常的に、人に親切にするとか

いわば善行を陰ながら積むことで

徳が積まれていくそうで


それが「天の貯金」になっていると


「その見えない貯金が

本人が凄いピンチの時には、ドーッ!と一気に引き落とされるから

命が助かるんだよ〜わーい(嬉しい顔)


「徳の貯金が足りないと、人によっては

同じ場面でも、亡くなってしまうんだよね

お父様は良く徳を積んできたんじゃない?」


・・・そんなお話でした



言われてみれば

入院中も、色々な方から

それも大勢の方から、父が慕われているのが良く分かりました


人に良くしてあげたい、という精神は昔からあって

子供ながらに見ていて

どう考えても損してるじゃないか、何でやる必要があるのかと

思うような場面もよくありました


報われないのに、献身しているように見える時もあったのです


親切を喜んで下さる事が、良かったねと喜べるとか

人に何かサービスするのは、その分の自腹だったり

見えない労力だったり

いつも何かが、出て行っているような状態でも


それでも、労を惜しまず

明るく挨拶しながら、本人はけっこうしんどい時があっても

頑張ってる感があったのですが



全部、長い年月をかけて膨大な徳を積んでいて

それが、生存率ほぼ0%の状態から生還した

目に見えない「天の貯金」だったのかもしれません



日々の善行が、自分自身の寿命を決めている

そんな「徳」のお話でした

Satomi
タグ:Life
posted by satomi at 23:00| Comment(0) | Messenger
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