*** Wishing you Happiness ***

DSC_0425.jpg

いつもご訪問ありがとうございます

皆様の温かい応援に、感謝しております

 DSC_0150.jpg                        
【Photos by Ebico (海老原博和)】


音楽を奏でるような、素晴らしい日々になりますように


Salon Les ailes.jpg
Photo by Satomi Ito


コンサート・サロン “Les ailes”(レ・ゼール)

2019年10月31日

お習字時代


親と話していて思い出してみれば

自分が子供時代から学生の初期にかけての

お習字として自分が書いたものは

自分で、ことごとく捨てていて(苦笑)


その他の音楽関係の資料は、相変わらず

溢れているのと非常に対照的に

見事なまでに、断捨離していましたあせあせ(飛び散る汗)


辛うじて残したのは2作だけです


区の展覧会に選ばれたかで、半紙に表装してもらったものだけ

残っています

(表装:イメージとしては、掛け軸みたいな感じですね

半紙の裏側に、綺麗な台紙を貼って整えてもらいます

京都とかでやってくれます)


当時は子供で雅号もないので、わざと漢字の当て字をして

その時の工夫していたようです


さすがに、何もかもを全部一気に捨ててしまうのも

長い期間習ってきた手前、どこか悪い気がして

メモリアルで残しておきました


親の立場で言えば、何でもそれだけ月謝がかかっていますから

少なくとも、子供が育つまでの時期にかかる

教育費を稼ぐのだって、必死な訳ですしねダッシュ(走り出すさま)


お金も労力もかけてやって来たことが

もし一つも形を成さないで、その後にも生かされないとしたら

せっかく力を注いできた物事も、無駄になってしまいますし


身に付いたことを生かすかどうかは

本人のやり様と言うか、生き方次第でもあります


何事も持続させて、展開させないといけません

このエネルギーが、相応にかかりますから

多くの場合は、そこまで到達しないで

最初から無駄として消滅してしまうのだと思います


価値を生み出せるかどうかは

自分次第ですからね



DSCF3901.JPG


思い切って精算してしまった当時の感触としては

その時に、学生の立場で取れる最高段位を取ったところで

学生のレベルでしかない訳です


特に、親が師範で教えている場面もありましたから

自宅に溢れる書は、お手本を書く時の練習だったり

出展するものだったり、お弟子さん方も大人で

有段者か師範を目指している方達なので

どこを見ても、大人の世界で満ちていました


それに比べて、子供の作品がどうかと言えば

同世代で賞を取ったと言えども、自覚していたのは

ただ「頑張りましたね」の範囲でしかありません


どんなに頑張ったとしても、そこは努力賞でしかなく

所詮子供の自分が、書いているものの優劣も

自分で見るからに分かります


周りは優しいですから、先生方も他の皆さんも

過分なまでに褒めて下さって、有難かったですが

有頂天になれるような要素は元から無く


書いたものに納得がいっていない

まずは自分で自分の価値を認められないので

潔く、捨てたのだと思います


自己満足に浸っていられたら

楽だったのかもしれませんけれど


その時分に、努力も能力も美学も足りないのは

静かに感じる部分はありましたね


書道は、涅槃寂静みたいな所に持って行けるので

修行僧みたいなその「行」が、どこか好きでしたね

あんまり子供っぽくないですけど(笑)

Satomi
posted by satomi at 00:00| Comment(0) | 日記

2019年10月30日

音楽映画を観ること


実際に演奏をお仕事にされている方々と話すと

音楽の映画というのは、何か作品に関わっている場合を除いて

あまり積極的に観ないケースも多いようですね


演奏する場面が、演出上あちこちに出て来る訳ですが

プロの役者さん方が、果敢に挑む演奏の場面で


いくら手タレ(手の部分はプロのピアニストが演奏)など

代替え出来る範囲で頑張っていても、どうしても限界があります


長年専門で演奏して来ている方達にとっては、その不自然さが

とても気になってしまって

「肝心の話が頭に入らないたらーっ(汗)」と仰います(笑)



指揮を取っても、それはマズイ・・・という棒振りだったり

そういう音は、その振り方では絶対に出ません

合っていません(笑)も、ありますし


演奏も、違うとこに手がある!とか(笑)

弦楽器奏者の一番上手なハズのポジションで弾いていて

見るからに一番様子がおかしいとか

全てが不自然とか、各種色々。。。


何十年も音楽をやって来ている人と同じ動きをしたくても

そうそう出来る物ではありません

そこは、不自然でむしろ当然なのですが


頑張って雰囲気を出してるな、の範囲で

作品を楽しむことを心に決めて観れば良いのですけれど


「ダメなのよ〜、もう気になって、気になって

気になって、気になって、しょうがないあせあせ(飛び散る汗)

と仰りながら、観ていられないと連呼される演奏家さん方は

レビューだけでご確認する方が、安心かと思います

Satomi
タグ:Talk
posted by satomi at 00:00| Comment(0) | 日記

2019年10月29日

Bach Saal


武蔵野音大の、入間のキャンパスにあります

バッハ・ザールが撮影の舞台として使われた

映画の「蜜蜂と遠雷」を先日、観て来ました


ピアノのコンクールを舞台にしているお話です


4人のキャラの違うピアニストがファイナリストとして

それぞれに違った立ち位置にありながら

お互いに関わり、発見し、競い合います


一つのコンクールの舞台でも

各ピアニストが、目的として見ているものは違っていて


それが自分探しであったり

すでに築いているキャリアの、次のステップだったり

大きな世界に出会い、自らを成長させ高める目的だったり

ピアニストとして活動する為の最後のチャンスだったり・・・


物語は唐突に終わるので(笑)

それで、何だったんだ??と思う感じでしたが


懐かしいバッハ・ザールで、ほとんどの場面のお話が紡がれて

背景に輝く、クライス社のパイプオルガンの美しい姿を

思い出し嬉しく眺めながら、映画を拝見しました


後ろにオルガンがあると、絵になりますね


現実的には、いま大学生のキャンパスは江古田が中心で

少しフリーになっているのと

長期借りるのも手配が付けやすいのでしょう


入間のキャンパスは自然が豊かで静かです

春は桜が覆い、秋は得も言われぬ美しい紅葉が見られます

日々、自然の香りを感じながら山登りする場所にあります


都心のアクセスも可能な範囲で、機材などの搬出入も

スペースが十分にあり、近隣にご迷惑もかからず

長期の撮影には向いている環境かもしれませんね


別の弦楽器の卒業生とお話したら

「この場所は、こうやって使うものじゃないんだけどな〜」

など、静かに呟いていましたが(笑)


そこはもう、撮影ですからね

どうにでも撮りたいように自由に活用して下さい(笑)


元は書籍が出ていて、そちらは読んでおりませんが

原作からは大きく書き換えて構成しないと

時間内に収まらないものですから


何を観る人にメッセージとして伝えたいか

上手く構成していくのは、なかなか難しいですね


役のそれぞれに、旬のピアニストを人選して

演奏をご依頼されていました

各役柄の演奏の表現が違っていて

(と言うか、普通に聴いたら皆さんとても上手で

差異は、あまり分からない範囲かと思います)


架空のコンクールのお題に対して

リアル・ピアニストがどう解釈して演奏しているのかが

そこから透けて見えるようで

専門に演奏している人には、ちょっと面白いかもしれません

Satomi
タグ:Musashino
posted by satomi at 00:00| Comment(0) | 日記